vol.7橋本 夕紀夫Yukio Hashimoto|デザイナー
間接照明を広義で捉えるならば、7〜8年前に訪れたメキシコのLuis Barragan(ルイスバラガン)邸で見た光が強く印象に残っています。階段の踊り場の壁面に金箔が貼ってあり、そこに窓からの自然光が反射して周囲に金の光を拡散させていました。言葉ではうまく言えないのですが“異常にきれい”な光が空間に満ちているというか…。品が良くてとても居心地が良かった。箔って面白いですよね。昔の日本家屋では座敷の壁面に箔が貼ってあり、日光が畳にバウンドしてさらにその光が金箔に反射してぼわっと反射光を浮き上がらせて室内に明るさや華やかさをもたらしていた。もしかしたら、バラガンも日本文化に影響を受けているのかもしれませんね。間接照明は、光を受ける素材によって色味や雰囲気を変えていく、その作用が非常に面白いし、大きな魅力だと思います。仕事柄、世界中の色々な建築や空間を見ていますが、なんとなくいいな、好きだなと思う間接照明の空間は、光がひとつの空気感をつくっているところですね。なぜ居心地がいいのか、気持ちがいいのか、そういう自分の感情が動いた時に、突き詰めて光と空間の関係を観察しているかもしれません。
LEDが普及する以前の間接照明には苦々しい思い出しかありません(笑)昔の間接照明の光源といえば、蛍光灯と白熱灯が主流でした。蛍光灯の場合は色みの限界があるから、暖色系の色みが欲しい時は、ミニクリプトン電球を使っていました。でも問題はものすごく熱いこと。夏場なんてどんなに冷房を入れても部屋中が暑くなって大変でした。熱も逃がしながらどうやって光源を納めるのに相当工夫が必要で、狭いスペースに間接照明を入れる時、なんとか納めるのですがそうすると必ず問題が起きたものです。当時の苦労を思い返すと、今はLEDのおかげでずいぶん自由に間接照明を操ることができるようになりましたね。最近は色みもだいぶ安定してきましたし。LEDと白熱灯を比べると、光の温かみの表現はまだ白熱灯には劣りますが、それはメーカー各社が競い合って色温度の表現を目指していますから、白熱灯の温かみの再現は時間の問題だと思っています。
ニューヨークで手がけたブティック「pas de calais(パドカレ)」は、初めて物販店でオールLEDの間接照明で構成した空間です。機織り機をイメージして、天井に白いワイヤーを張り巡らせています。天井に1本梁を通し、そこにLEDを仕込んで大空間のベース照明はこれだけでまかなっています。照明計画は、ライティングデザイナーの東海林弘靖さんに依頼しました。なんとなく、「ニューヨークといえば東海林さんだな」と直感して(笑)実は、僕自身ニューヨークでインテリアデザインを手がけるのが初めてで、東海林さんも普段は大きな商業施設の照明計画が中心だから、一軒のブティックを手がけるのは初めてだったそうです。それを聞いて、初めて同士だから絶対にいいものができると確信しました。経験がないことに挑戦するのは不安ですが、だからこそ手間をかけて検証するからいいものが生まれるんです。結果的にその判断は大正解でした。東海林さんと相談しながら、間接照明だけで光を巡らせたのですが、これが間接照明でなければつまらない空間になっていたでしょう。 「HIKARI CLINIC(ひかりクリニック)」は、岡山市の心療内科・精神科クリニックです。院長から患者さんが来た時に心が落ち着いて神聖な場所にしたいという要望を受け、とことん抽象的な表現の待ち合い室をつくりました。曲線的な壁面に天井からの間接照明の光が溢れ、奥の診察室には自然光がふわっと光が差していく。人工と自然の光を意識的に組み合わせた空間で、伊勢神宮の内宮に入っていくイメージでデザインしています。
デザインの側からアプローチして、今までありえなかったものを発明したいですね。それによって人々の価値観をガラリと変えられることができたら素晴らしい。そういう意味で、秋田の県産材を使って伝統工芸の技で製品をつくる「YO no BI」プロジェクトの一貫でデザインした照明器具も発明に挑戦した事例といえるでしょう。「AKITANOHIKARI」は、樺細工、秋田杉桶樽、大館曲げわっぱという秋田の伝統工芸とハイテク技術の結晶LEDを組み合わせた照明器具シリーズです。直接光源を見せないようにして、光と影で空間に変化をもたらす効果を狙いました。光と媒体の対比で表情を変える間接照明の効果を存分に活かしたプロダクトです。白熱灯など従来の光源の場合、木でこうした形の照明器具をつくることは熱で木が反ったり割れたりして壊れてしまうため不可能でした。しかし、LEDならばそれほど熱を発生しないから木も使え、なおかつ繊細な表現も可能です。実は「AKITANOHIKARI」の精巧な形状を実現するために、普段の伝統工芸品づくりとは異なる特殊な治具を用いて製作しているんです。つまり、伝統工芸でも革新を起こせるのです。「デザインには、まだまだ可能性がある」。そう感じられるものを作ることが今の目標であり、夢ですね。
略歴 | 1986年 | 愛知県立芸術大学デザイン学科 卒業 | |
1986年 | 株式会社スーパーポテト入社 | ||
1996年 | 橋本夕紀夫デザインスタジオ設立 | ||
1997年 | 有限会社橋本夕紀夫デザインスタジオ設立 | ||
現在 | 東京工芸大学 教授 愛知県立芸術大学 非常勤講師 東京藝術大学 非常勤講師 |
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主な受賞 | 1997年 ナショップライティングコンテスト優秀賞、1998年 ナショップライティングアワード ナショップ賞, JCD奨励賞、1999年 JCD奨励賞、2000年 JCD優秀賞、2001年 JCD優秀賞、2002年 第9回空間デザインコンペティション銀賞、 2003年 ナショップライティングコンテスト優秀賞、2005年 第32回日本銅センター賞, タカシマヤ美術賞、2006年 IIDA(北米照明学会)優秀賞、2010年 パースペクティブアワード2010優秀賞, デザインオブアジアアワード金賞、2011年 IIDA(北米照明学会)最優秀賞 |