vol.6中村 好文Yoshifumi Nakamura|建築家
一番は決められないけれど、ルイス・カーンの代表作のひとつでもある「キンベル美術館」(www.kimbellart.org)はやはり素晴らしいですね。ヴォールト形状の天井にトップライトからの自然光と人工灯とを融合させた間接照明は見事で、これまで何度も訪れています。建築に拡散する神々しい光は、いつ見ても美しい。日本では谷口吉生さんが設計した美術館も、自然光と間接照明をかなり意識して計画されていますね。「MIMOCA丸亀市猪熊源一郎現代美術館」「京都国立博物館」など、光と建築と融合が大きなテーマになっている建築です。昨年完成した「京都国立博物館」の新しい展示室「平成知新館」のグランドロビーは、自然光と人工照明の間接照明と組み合わせた明るい空間になっています。一方、展示室は作品保護のために自然光を完全に遮断して、暗い空間の中でLEDによる間接照明によって作品を浮かび上がらせている。明と暗のメリハリのある照明計画が、美術館という空間の機能と魅力を最大限に引き出していると思います。
あまり、苦々しい思い出はないけれど(笑)住宅でも一時期間接照明を積極的に取入れることが流行っていたことがあります。壁際を間接照明によって照らしたいという狙いなのでしょうが、蛍光灯をはめ込む造作が棚みたいで嫌だなと思っていました。昔は器具が大きかったから仕方なかったのですが、間接照明を使いたいという目的のために、空間が犠牲になるのはおかしいと感じていて、僕はその手法は取入れませんでした。その代わり、直接光源が見えないようにする設計は色々と試しています。例えばシーリングライトでも、光源が見えなければ間接照明ともいえる。シーリングライトは必ずしも上を照らすだけではなくて、テーブルの上を照らせばいいのだから、シーリングライトのコードを下まで引っ張れば、光源自体は見えなくなるので、これも間接照明といえるのではないでしょうか。
「新大阪ステーションホテル」は、昨年手がけたビジネスホテルのリニューアルです。小さいシングルルームの壁をぶち抜き、2部屋をツインとダブルの1部屋として作り替えました。駅前のビジネスホテルですから、窓を開けてもビルしか見えないので、あまり良いロケーションではなかった。そこで、「光と灯り」をテーマに空間デザインを行ったのです。ホテルに求められる機能は安らげることですよね。それには照明計画が重要だと常々考えていました。僕もよく出張でビジネスホテルを利用しますが、「照明がまぶしいな、うるさいな」と感じるホテルばかりで不満を持っていたのです。そこで、やわらかい光で心から安らげる空間を目指して、すべて間接照明だけで構成した客室を設計しました。日本大学で一緒に教鞭を執る照明デザイナーの岩井達弥さんに協力してもらい、すべてLEDの間接照明による照明計画を行いました。岩井さんには、やわらかさを持つ光のイメージを伝え、間接照明だけでも本が読める照度がほしいと伝え、部屋での過ごし方によって、利用者が目的に応じた光を調光によって得られるようにしています。窓には障子をつけて、障子越しに自然光を拡散して、さらに室内にやわらかい光をもたらすようにして、昼間と夜で表情の異なる光の演出を行っています。浴室の光にもこだわりました。仕事で疲れて還った時に、ぴかっとした光源が目に入るのはまぶしくて嫌でしょう? お風呂に浸かり、ゆっくりと安らげるように、調光器で光を絞り目に優しい光を選べるようにしています。
目まぐるしく進化を遂げているLEDを使って、新しい表現に挑戦してみたいですね。2色のLEDによる調色によって色温度を変えられるようになりましたが、そこに空間デザインの大きな可能性を感じています。今、この特色を活かした店舗設計に挑んでいるところです。金沢で老舗の酒蔵が運営するバーの設計を行っているのですが、昼間は物販も行い、夜はバーとして営業するため、昼と夜の光の表情を変えたいと思い、LEDの調色で色温度を変える試みをしています。LEDのこうした特性は、住宅でも応用ができるはず。今は、照明については考え方が変わる大きな変革期にあります。LEDの登場は、建築照明の考え方を大きく変えるかもしれません。今まではW数をいえば何となく明るさのイメージができたけれど、LEDになってからは、感覚的に光の特性と明るさの印象を捉えるのが難しくなっています。そうした意味でも、照明デザイナーとの恊働が今まで以上に必要になっていくでしょう。
「やわらかさ」「優しさ」、そして「穏やかさ」といってもいいかもしれない。要するに強くないということ。僕は住宅をつくる時に、「金属の階段はトゲトゲしていて嫌だな」「家具の角が尖っていたら痛々しいな」といったように、感覚的に痛い素材を使うのが好きではありません。だから、当然目に痛いもの、負担をかける光にはしたくない。建築でも身体的に優しさや温かみを感じる木を使うように、目にもやさしくて、柔らかい光を使いたいのです。障子も裏張りすることで桟の存在感を消していて、それがやわらかさにつながる。そうやって、やわらかい光の表現を追求していましたが、それがLEDの登場によってやりやすくなりました。今後、LEDの進化によって建築表現の幅がますます広がっていくことでしょう。今よりももっとやさしい光が住宅にもたらされることに期待しています。
interview 日本間接照明研究所
writing 阿部博子
略歴 | 1972年 | 武蔵野美術大学 建築学科 卒業 | |
1972-74年 | 宍道建築設計事務所勤務の後、 都立品川職業訓練所木工科で家具製作を学ぶ |
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1976-80年 | 吉村順三設計事務所勤務 | ||
1981年 | レミングハウス設立 | ||
1999年より | 日本大学生産工学部建築工学科教授 | ||
主な プロジェクト |
「三谷さんの家」(長野県、1985年)、「上総の家Ⅰ、Ⅱ」(千葉県、1991年、1992年)、「museum as it is」(千葉県、1994年)、「扇ガ谷の住宅」(神奈川県、1998年)、「Rei Hut」(栃木県、2001年)、「伊丹十三記念館」(愛媛県、2007年)、「明月谷の家」(神奈川県、2007年)など。 | ||
著書 | 『住宅巡礼』、『住宅読本』、『意中の建築 上・下巻』(以上新潮社)、『普段着の住宅術』(王国社)、『住宅巡礼・ふたたび』(筑摩書房)、『中村好文 普通の住宅、普通の別荘』(TOTO出版)、『暮らしを旅する』(KKベストセラーズ)、『中村好文 小屋から家へ』(TOTO出版)など。 共著に、『吉村順三 住宅作法』(吉村順三と共著、世界文化社)、『普請の顛末』(柏木博と共著、岩波書店)など。 |