THIS  MONTH  INTERVIEW

vol.10藤原 哲也Tetsuya Fujiwara|シェフ

大阪のビジネス街である堺筋本町に、ひっそりと佇む隠れ家風のレストラン「Fujiya1935」。オーナーシェフは、親子四代続く老舗洋食店の息子として、この地で生まれ育った藤原哲也さんです。日本でフランス料理を学んだ後、24歳でイタリアに渡った藤原さんは、その後先進的な現代スペイン料理の流れに啓蒙、スペインに渡り、シェフが現役の脳外科医として知られる「L’Esguard(レスグアルド)」にて経験を重ねました。帰国後、先代からの店を引き継ぎ、2003年に現代スペイン料理をベースとしたイノベーティブレストラン「Fujiya1935」をスタート。2010年に店内を改装してリニューアルオープンを果たし、「関西ミュランガイド」では、4年連続で三ツ星を獲得しています。「四季折々の旬の食材の味の記憶を呼び起こすような、都会の中にあっても自然を感じさせる店づくりを目指しました」という藤原さん。リニューアル後の店内は、間接照明による柔らかな光によって心地よい雰囲気に包まれています。五感を研ぎすまして料理を味わえることを目指した店づくりと照明へのこだわりについて話を聞きました。

Q1 照明に関する思いをお聞かせください

レストランにとって、一番重要なのは当然“料理”です。もちろん、僕も料理を重視していますが、それだけではなく店の雰囲気も重要だと常々考えていました。そんな思いもあり、6年前に店を全面改装したのです。道路から小さな入口のドアを開け、露地から店に入るとほの暗いウェイティングスペースになっています。そして、厨房の前を通って2階へ上がると20席のテーブルがあるプラン。元々店づくりに興味があって、建築やインテリアの本を集めていたんです。ある時、書店でライティングデザイナーの東海林弘靖さんが書いた「デリシャスライティング」という1冊の本に出会いました。美しい照明空間の写真をみながら「ああ、こんな店になったらいいなあ」と夢が広がっていきました。特に、強く印象に残ったのが、そこに書かれていた「おいしいあかり」という言葉。それまで、料理は真上に設置したスポットライトから光を当てるのが一番いいと思っていたのですが、本によるとそうではなく、間接照明とスポットライトの組み合わせによって「おいしいあかり」がつくられると書いてあり、目から鱗が落たんです。せっかく自分の店をつくるのならば、自分の料理を最高においしい光で照らしたいと思い、断られることを覚悟で、東海林さんに照明計画の依頼をしました。東海林さんは、これを快く引き受けてくださり、この店舗にふさわしい「おいしいあかり」を考えてくださいました。

デリシャスライティング
東海林弘靖 著 / TOTO出版

Q2 藤原さんにとっての「おいしいあかり」とは?

私の店では、全16品のコースを用意して、お客様には3時間くらいかけてゆっくりと食事を楽しんでいただいています。実際に、僕の店で食事をした東海林さんは、そこからインスピレーションを得て、入店してから食事をする時間軸に合わせて、ゆっくりと照明が変化していく照明計画を提案してくれました。食事を終える頃には、店内の照度は最初のほぼ1/10の明るさになります。周囲が暗くなると自然とリラックスしていく人間の生理反応と食事の時間を融合させることで、より心地よい空間を目指したそうです。ゆっくりゆっくり照度が落ちていくので、お客さんは暗くなっていることに気がつかず、自然と心地よい気分になっていくのです。 「おいしいあかり」という意味では、特にうちの店では、お肉をみずみずしくジューシーに仕上げる独自の技法を駆使しながら“シズル感”を大切にしています。お肉の断面からジュワッと肉汁が出てくる感じは、上からのスポットライトの光だけではおそらくみずみずしさが表現できなかったでしょう。間接照明のあかりがあるからこそ、よりきれいに、おいしそうに見えているはず。当然、きれいに盛りつけはしているけれど、視覚的に「おいしそう」だと見せるためには、照明の力が大きいと実感しています。

写真提供:LIGHTDESIGN

Q3 料理を通して伝えたいことは何ですか?

店を改装したのには、もうひとつ理由があります。ある時、お客さんに「今日はパフォーマンスが少なかったね」と言われて。「あれ? 伝えたいのはそこじゃないのにな…」と心にひっかかりました。確かに以前はエスプーマや液体窒素を駆使した技や、注射器や試験管で供されるサプライズ演出をしたこともありました。けれど、最高の食材と調理法で一生懸命盛りつけた料理を提供しても、結果的にパフォーマンスを求められてしまうのは、本意ではない。ですから改装を機にパフォーマンスから少し離れて、シンプルに食材の力を引き出す料理で、うちの店にしかつくれないものを提供することを目指しました。一番大切にしているのは、季節感を出すこと。四季のある日本の旬の食材を使い、ヨーロッパの調理技法で料理をすることで、食材本来の味や香りを五感で感じとってほしいのです。五感を研ぎすますためには、食事をする環境を整えなくてはなりません。当然、あかりも重要な要素のひとつです。僕の料理のバイブルのひとつが、谷崎潤一郎の「陰影礼讃」。その中で、暗い部屋で羊羹を食べる描写を、谷崎は絶妙な言葉で表現しています。「羊羹の色あいも、あれを塗り物の菓子器に入れて、肌の色が辛うじて見分けられる暗がりへと沈めると、ひとしお瞑想的になる。人はあの冷たく滑らかなものを口中にふくむ時、あたかも室内の暗黒が一箇の甘い塊になって舌の先で融けるのを感じ、ほんとうはそう旨くもない羊羹でも、味に異様な深みが添わるように思う。(中略)日本料理は明るい所で白ッちゃけた器で食べては慥かに食慾が半減する」と続けるのですが、その言葉にすごく共感して、これまでに何度も読み直しています。“あかり”とは単に明るくすることが正解ではなく、陰があることで「おいしそう」だと感じさせるのだと、改めて気づかされました。そんな思いも東海林さんに伝えて、とことん「おいしいあかり」にこだわりました。

Q4 今後の夢を教えてください

世界と戦っていけるレストランをつくっていきたい。それも関西の、この場所で店をやることに意味があると思っているんです。僕は、洋食屋の息子として大阪のこの場所で生まれ育ちました。そして、僕も妻もヨーロッパの店で修業して、ここ大阪に店を構えて、基本的に関西のお客様を相手に料理を提供しています。僕の強みは、季節感のある食材を調達するネットワークと、それを使いヨーロッパの調理技術を駆使して、ここでしか食べられないものを提供すること。これは外国人には真似のできない、この土地だからこそ勝負できることだと思うんです。 “店”を料理に例えるならば、僕にとって“間接照明”は、調味料のひとつ。決して隠し味ではないですよ。確実に味(=雰囲気)をつくる重要な要素です。それは、きっとお客さんにも伝わっているはず。何度も訪れてくれるお客さんがいらっしゃるのも、季節感のある料理と店の雰囲気を味わいたいと思ってくださるからではないでしょうか。これからも切磋琢磨しながら料理に向き合い、「おいしいあかり」とフュージョンした新しい味覚体験をたくさんの人達に味わっていただきたいですね。

interview 日本間接照明研究所
writing 阿部博子

profile
略歴 1974年 大阪生まれ
1998年 渡伊。イタリアで修行後、勉強の為に訪れたスペインにて、先進的な現代スペイン料理の流れに啓蒙、スペインへ。シェフが現役の脳神経外科で有名な「L'Esguard(レスグアルド)」にて経験を重ねる。
2003年 Fujiya 1935 スタート
2010年 Fujiya 1935 リニューアルオープン
主な受賞 「関西ミシュランガイド」4年連続 三ツ星獲得

Fujiya 1935 : fujiya1935.com